石楠花登山教室「山へ行こう.2」


1.コンパスの使い方 2.救急法 3.山の天気 4.山行計画の立て方





3.山の天気



山の天気は平地と比べて厳しく,そして変わりやすいので,時には危険を招きます。そこで,「天気が悪い時には山へ行かない」というのを原則としてください。天気の悪い時を避けるためには,天気予報を調べることが必要ですが,その内容を良く理解するためには若干の天気に関する基礎知識が必要です。また,天気予報もはずれることがあり,天候が予想に反して急変して悪天に会うこともあります。そこで,基本的な山での天気の特徴やその対処法などを把握しておくことが重要となります。

以下に,これらのことを簡単にまとめてみます。詳しくは最後に紹介する解説書などを参考にしてください。


1. 山の天気の特徴


・気温

山に1000メートル登ればおおよそ摂氏6度気温が下がる。平地での気温が30度あるような夏の日でも,3000メートル級の山での気温は12度くらいになっているわけであるから,その気温の低下は非常に大きい。また,平地では雨でも,山に登ればみぞれ,雪へと変化していくことがある。普通,気温が2度以下の場所では,雨ではなく雪が降る。

Fig.1 山の高さに伴う気温の変化


・風と空気

山に登ると,標高が高くなるにつれて普通は風が強くなり,高山では平地と比べてはるかに風が強くなっている。地形によっても風は大きく変わり,鞍部のように風が吹き集まるような場所では風が強くなる。

高山ではまた,空気が薄くなり,酸素量がそれに伴って減少するから,疲労が激しくなる。


・悪天と天候の変化

山では昼間に吹く谷風(山頂に向かって吹く上昇気流)の影響などから,平地より雨が強く,そしてたくさん降る。また,雷の発生することも多い。天候が悪くなる時には,平地ではまだ曇っているだけなのに,山に登ると雨が降っているなど,平地より山での天気の方が早く(数時間程度)悪くなるという傾向がある。


2. 山の天気に影響する天気図上の構造

・台風(熱帯低気圧)

台風(熱帯低気圧)は,主に夏から秋にかけて日本のはるか南の沖合で発生する暖かい空気だけでできている低気圧である。発生後,発達しながら日本付近に北上してくる。強い風と大雨をもたらし,山岳地ではさらにその影響は大きくなるので,天気予報で示す予想進路に充分注意することが必要である。なお,熱帯低気圧が発達し,最大風速が毎秒17メートル以上になったものが台風と呼ばれる。両者の違いは最大風速の強さだけであり,熱帯低気圧でも集中豪雨をもたらすことがあって,決して安心してはならない。


・温帯低気圧とそれに伴う前線

主に春や秋に日本の西から動いてくる温帯低気圧は,北側の寒気,南側の暖気がぶつかり合う境目にできており,その東側に温暖前線,西側に寒冷前線を持つことが多く,それら全体で,降雨と時に強い風をもたらす。天気図に書かれている前線は,寒気と暖気の境目(前線面)の地上における位置を示しており,天気が特に悪いのは,温暖前線の北東側の広い範囲と寒冷前線付近である。上空における温暖前線面は東に大きく傾いているので山岳地では地上よりも早く前線面上の雲の中に入り,地上よりかなり早くから天気が悪くなる。また,暖域と呼ばれる温暖前線と寒冷前線の間の領域では,南から湿った暖かな空気が流れ込んでいるため,山では雨が降りやすい。

Fig.2 温暖前線を南から見た断面図


・梅雨,秋雨前線

6月から7月にかけての梅雨,9月から10月にかけての秋の長雨による長く続く降雨は停滞前線によるものであり,その前線の位置により雨が降ったりやんだりする。特に梅雨末期には集中豪雨が発生しやすい。また,年により前線の活動はその時期,程度に大きな違いがある。


3. 山の天気とその対策

・低温

高山では気温が平地よりかなり低いので,季節に応じて程度は異なるが,例え夏でも防寒の衣服を用意しておく必要がある。布地の間の空気層による保温効果が高いので,重ね着をすることが効率的である。


・風

風が強く吹き付ければ体がふらついて足元を危うくする。「風の息」という言葉があるように,風速は数秒から数分程度の時間で大きく変化し,これによりさらにバランスを崩しやすくなる。風が強くなれば行動は慎重に,そしてなるべく身をかがめて歩き,歩行が不安定になるほどに風が強くなれば風を強く受けない場所を捜して待機する。

また,一般に風速が毎秒1メートル強くなるごとに体感温度(実際に体に感じる温度)はおおよそ1度下がると言われている。高山では風がなくても気温が低い上に風も強く吹く傾向があるから,風に体温を奪われにくい防風用の衣服(ウィンドヤッケあるいはレインウェア)の備えが必要である。


・雨

雨により身体や衣服がぬれると体温が奪われる。特に衣服は一度ぬれると乾きにくいので,雨が降り出したらなるべくすぐに雨具を着用する。山では,傘は手がふさがってしまい,横からの雨に体がぬれてしまう上に風が強い時には吹き払われるので,それだけしか持って行かないのは良くない。ジャケットとズボンに分かれたレインスーツが最適で,雨水は完全に通さず,衣服の中の湿気は外に逃がす透湿性防水素材のものが望ましい。また,レインスーツを着込んでも衣服の袖口が外にはみ出してぬれてしまわないように注意することが必要である。もしも衣服がぬれたならば山小屋などで着替えることが必要で,そのための着替え一式の用意をかかさぬこと。

ザックについては完全な防水となっていないので,入れたものがぬれてしまわないように防水のザックカバーをかぶせる。また,ザックの中に入れる持ち物も特にぬれては困る替えの衣服などについてはさらに防水用の袋に入れておくことに注意したい。ザックカバーをかぶせていても,ザックは背中にあたる部分が雨水でぬれたり,ザックの中の荷物を出し入れする際にザック内に雨が降り込むことがあるからである。

雨が降ると沢の水が急激に増すことがあるので,岸辺のキャンプ,沢を渡らなくてはならない道については注意を要する。また,雷雨の場合などでは自分のいる所には雨が降らなくても上流にはかなりの雨が降り,それにより沢の水が増えることもよくあるので注意すること。普段は水の流れが見えない涸れ沢にも大量の水の流れが起きることがある。

集中豪雨などによる土砂崩れなどにも注意したい。大雨が続いた時は,大量の水分を地面が含んでしまっているので,雨がやんでから何日かたたないとその危険性はなくならない。

なお,天気予報の「降水確率」というのは,1時間に1ミリ以上の雨の降る可能性を表す数字である。単純に言うと,「降水確率50%」という予報が100回出たとすれば,そのうち50%は雨に降られるということになる。


・雪

気温が低い場所(高い所)では雨が雪となる。吹雪になれば視界を奪い,道に迷う原因となる。また,降雪は時に氷結して歩行の障害となり,斜面に雪が降り積もれば滑落の危険が増す。

斜面付近に降り積もった雪は時に雪崩を起こすことがあり,雪山での遭難事故の原因の主要なものとなっている。雪崩には新しく大量に降り積もった雪による新雪雪崩と,積もった全ての雪が高くなった気温や降雨などにより滑り落ちる全層雪崩とがあり,雪崩が発生しやすい場所(適当な角度を持った斜面)では充分な注意が必要である。


・雷

落雷は非常に危険であり,朝に天気が良くても夏の午後には雷が発生することが多いので,「早立ち(できればおよそ日の出と同時に出発),早着き」の原則を守り,夏であれば午後2時ごろまでの昼過ぎの早めの時間に安全な所に落ち着くことが望ましい。

雷は高いものに落ちやすい性質を持っている。もしも雷に遭ったならば,高い場所(山の稜線)やぬれた岩を避けて,くぼ地などなるべく低い安全な場所に待避し,できるだけ姿勢を低くすること。木陰に身を置くしかない場合には,樹木へ落雷した際の側撃(近くの物体への再放電)を避けるため,幹や枝葉からある程度の距離(2メートル以上)を置くこと。なお,「金属製のものを体からはずせ」と言われてきたが,実際にはそうしても安全にはならない。


・霧

谷風(谷筋から吹き上がる風)による霧,また雨天の場合など,山で霧(山の用語で「ガス」とも言う)に出会うことは多い。霧が出ると方向が分からなくなり道に迷う危険が生じる。地図とコンパスを利用して現在位置と向かうべき方向を把握する必要があるが,目標となる物が見えにくくなっているわけであるから,霧が出始めた時からより慎重に行動し,登山道からそれないようにすることが重要である。


・紫外線

日射による紫外線は標高が高くなると増加し,またさえぎるものが少ない場合や残雪による照り返しがある場合には,さらに強くなる。眼と皮膚を強い紫外線から防ぐために,帽子と,高山に登る場合と低山でも紫外線の強い春から夏にかけての時期,雪山ではサングラスと日焼け止めクリームが必要となる。


4. 気象情報

・ラジオの気象通報

ラジオ(NHK第2放送,毎日9時10分,16時,22時より)の気象通報により自分で地上天気図(新聞などに載っている地上の天気図)を書くことができるが,実際に自分で書かなくても,どのように見たらよいかを把握しておくことは重要である。これについては気象に関する本を参照すること。なお,上空の天気図である高層天気図を描くための通報は,特定の期間だけラジオ短波から放送されている。


・テレビ,ラジオ,電話(NTT),インターネットによる天気予報など

山に出かける前には週間天気予報など長期予報を聞いておき,計画を立てる。当日も早朝にその日の予報を確かめて決行するかどうか最終的に判断する。普通の天気予報は平地の天気についてのものであることに注意すること。小型のラジオは山に簡単に携行でき,ほとんどの場所でAM放送を受信することができるので,特に宿泊山行の場合には持って行くようにしたい。


・携帯電話

山に出かけたあと,天気予報を確認するのに利用する。携帯電話の電波が届かない場所が山には多いことに注意して,携帯電話にだけに頼るのは避けること。


・山小屋

気象庁からの気象ファックスによる天気図を掲示している山小屋もあり,また,テレビのある山小屋もあるので,それらの気象情報を確認する。


・観天望気

空の雲などを見て数時間後の天気の変化を予想する「観天望気」も,時には天気の変化を予測するのに役に立つことがあるが,天気図や気象庁による天気予報などの情報と組み合わせて判断すること。


5. 参考文献


・山歩きはじめの一歩 第5巻「山の天気」 村山貢司監修 山と溪谷社発行

・ヤマケイ登山学校 第16巻「山のトラブル対処法」 北田紘一著 山と溪谷社発行

・「すぐ役立つ 山の気象と救急法」 飯田睦治郎・桜井博幸著 東京新聞出版局発行

(文責:堀口)


ページのトップへ戻る